2018/06/04
あばたもえくぼ
日本中を混乱の渦に飲み込んだ「男女シャッフル災害」……あの日から、もう一年が経とうとしている。あの日、あたしは付き合っていた彼氏の身体に魂が入ってしまった。以前のあたしであれば、何を言ってるの、と一笑に付していたと思う。
でも、災害後は研究が進み、魂が他の身体に入ってしまう現象がある一定の条件下で稀に起こりうる現象であることは日本の、いや世界の常識となっていた。
今回の現象は本当に突然起こった。
あたしはその時会社のOLとして働いていたのだが、目の前が一瞬だけふっと暗くなったかと思うと、気づけばオフィスにいた。それも、彼氏の席に座っていた。当時彼氏と付き合っていたことは社内に黙っていたので、とても焦って思わず立ち上がってしまった。でも、なんとなく見下ろすデスクの位置が高い。いや、身長が高くなってる?
思わず、今日そんなに高いヒールの靴を履いてきたっけ、と足元を見ると、あたしは自分がスーツを着て男が履くような革靴を履いているのに気づいた。
「どうして……えっ!?」声を出そうとすれば低い声しか出ず、何度も咳払いをした。同じように咳払いをする声があちこちから聞こえた。
その後のことは日本中が知っている。テレビをつけると無精髭を生やしたテレビ局のAD風の男が眉をひそめ、深刻そうな顔で足を揃えて倒し、いわゆる「アナウンサー座り」をしながら原稿を読み上げていた。後で聞いたところではそれは「元」某局の美人で有名なアナウンサーだったそうだ。
原因は不明であるがどうやら、都内で男女が他の異性の身体に入っている状態にあるのではないか、とその男が言うと、やだ、嘘ぉ、とあちこちで悲鳴のような野太い声が挙がった。
政府も当初機能しなかったが比較的対応は早く、夫人の身体になってしまった総理が非常事態宣言を出し、事態の収拾に向けて全力を尽くすことを発表した。
分かってきたことはいくつかある。
まず、今回の災害は、男は女の、女は男の身体に入る形で起こっているということだ。
また、もともと知り合いではない人間の身体に入ることはなく、全て知り合いの異性の身体に入っているということ。
そして、これはAさんとBさんの身体が「入れ替わる」のではなく、AさんがBさんに、BさんがCさんに、Cさんはまた別の誰かに、というような「魂のシャッフル」によって起こっているということ。
そしてこの現象が日本全土に広がっていることだ。
「なにぼーっとしてるの、結衣」
あたしの肩を短髪の長身の男が軽く叩いた。
「ああ、美優」
「もしかして、あの日のこととか考えてた?」
「なんで分かるの?」
「そりゃそーよ。あたしと結衣、何年付き合ってると思ってるの」
女言葉で話す男、というのが違和感があるかもしれないが、今の日本ではかなり普通のことになってしまった。今の世の中、「男はこう」「女はこう」という決まった価値観はほとんど存在しない。そういうあたしも彼氏の身体になってからも女言葉で話しているし、元男──いまの世の中では「女」と呼ぶのだが、いまの女もかつての男言葉を話す人が多いのではないだろうか。でも、女言葉で喋っている女もいる。かつての男言葉、女言葉なんていう価値観は今は消滅してしまったような気がする。
美優、と呼ばれた男は、「連れションしようよ」とにっこり笑った。
「あ、結衣、またおちんちん大きくなったんじゃないの?」
「ちょっと、覗き込まないでよ……」
男同士もこんな会話していたのだろうか?そうは思えないけど、男になって良かったかなと思うことの一つが立って用を足せることだ。
美優がいたずらっぽい目をして言う。
「もしかしてさあ、『彼女』に揉んでもらってるから大きくなってるとか?」
「え、女の胸じゃあるまいし、そんな事ってあるのかなあ」
「わかんなーい。大体、あたしたち女だった頃、別に彼氏に揉んでもらっても大きくなったりしなかったでしょ」
「もう美優、変な冗談やめて」
「あはは。でももう男の身体にも慣れてきたよね」
美優は快活に笑うと、アソコをプルプルと振ってそのままズボンのチャックを上げた。たしかに、馴染んでいる。あたしはそこまで豪快になれず、小便器の横に設置されているトイレットペーパーを小さく切ってアソコの先端を綺麗に拭き、専用のゴミ箱に捨てた。昔はこういったトイレットペーパーはなく、男はみんないまの美優のようにしていたそうなのだが、今の男性はそれがどうしても嫌という人も多く、設置されたのだという。
「でもさ結衣、リアルな話、男の方がいいと思わない?」
「えっ、そう?」
「だってさ、男の身体って力あるし。それに、今の雑誌のグラビアとかさあ、みんな本当に前男だったの?ってぐらい笑顔もエロ可愛く作っててさ、男に超媚びてんじゃん。この子たちも前はオッサンだったんだよね、とか思って。あたし見ただけでマジで興奮してさ、フルボッキしちゃうよ」
「ちょっと美優!」
「いいじゃん、誰もどうせ聞いてないよ。女だった頃はなんで男ってああなんだろって思ってたけど、今は男の気持ちわかるよね。ま、もう男だから当たり前なんだけど」
そういうと頭をかきながら、美優はあはは、と笑う。
美優、あんたは良いよね。美優は今や、会社でも一番イケメンと言われていた男の身体になっている。そんなに好きでもなかった前の彼氏(親戚の女子●学生になってしまったらしい)とあっさり別れて、自分に尽くしてくれる女の子──もちろん、元は男だけど──を見つけて付き合って。全てが順調じゃん。
「結衣、今度男子会しようよ。彼女のこととか聞きたいし。だってさ、唯香のいまの彼女って……」
「その話はもういいって」
あたしは美優の言葉を遮る。わかってる。美優はあたしのことを心配してくれてる。
「結衣」
「美優、あたしは今の生活で満足してるよ。この前も言ったじゃん」
「でも」
「わかってる……心配してくれてありがとう。でもね、もう少しだけ時間が欲しいかも」
あの日以来、この国の人たちは自分の生活を守ることで精一杯だ。美優のように全てがうまくいっている男に、あたしの心配をされること自体が少し腹立たしかった。
それに、あたしの今の生活はとても人に語れるようなものではないような気がする。
人の心なんて、結局身体的なものだったんだ、と思う。今のあたしにはそれが痛いほどわかる。
*
あたしはマンションのドアをばたん、と閉めて中に入る。
「あ、おかえり……」
と言ってにっこり笑う美優。いや、違う。美優はさっきまで会社で話していた男だ。美優に見えるこの女の子は、あたしの彼氏だった男──康介だ。康介はいまや、あたしの友人の美優の身体に入っていた。
この笑い方はあたしが調教した。美優にそっくりになるように、笑い方、振る舞い方、表情、口調、メイク、全てを教え込んだのだ。最初は嫌がっていた康介だったが、「言うことを聞かないならもう別れる」と言ったらしぶしぶ従った。それからというもの、康介はあたしといるほとんどの時間を美優を演じて過ごしている。
美優が康介のことを好きだったと言うことは、実は薄々知っていた。
でも、知らないふりをしていた。わざわざ女同士の貴重な友情を壊すほど、お互いバカじゃなかった。
今や、あたしは康介になった。康介は美優になった。
「気持ちは身体に引っ張られる」──そんなことがあの日以降、よく分かってきた。康介になったあたしは、美優になった康介に対して恋愛感情がない。確かに美優は美人だ。そして、中に入っているのはあんなに好きだったはずの康介だ。でも、「愛しい」という気持ちは、あたしの場合は、残念だけど全く感じなかった。
「ねぇ結衣、今日はどうするの」
康介が美優の声帯を使って、発情期のメス猫みたいな甘ったるい声を出す。康介はあたしのことがまだ好きなのだ。でもそれは、康介の元の感情とは別の感情なのだろう。
康介は美優の身体に入り、美優の気持ちに引っ張られているだけだ。
美優は康介のことが好きだった。今の康介が今のあたしに抱いている恋愛感情は、かつて美優が康介に感じていたものなのだ。
「とりあえず、着替えていい?」
と、あたしは言った。美優の顔をした康介は頷く。あたしはクローゼットから、あたしが選んでおいた「スカート」や「ブラウス」、それに「女の子の下着」を取り出し、おもむろに着始める。手際よくストッキングを、すっかり男っぽくなってしまった脚にスルスルと穿く。軽くメイクをする。そして昔のあたしみたいな髪型のウィッグを被る。
そう、あたしはこうして、女に戻る。「女装」をしている間だけは、自分を取り戻すことができるように感じていた。結衣でいられるような気がした。
「どう?あたし可愛い?」
「う、うん!元の結衣みたいな感じでかわいいよ」
「……やめてよ、そういう見え透いたお世辞」
「ほ、本当だってば!」
康介の身体になってからというもの、女装するために筋力をなるべく落とすようにはしているが、元々水泳部だった康介が鍛えていた身体だ。体格が全然違うのだからそんなに簡単にあたしみたいになるわけがない。
それにしても。
彼氏は元の自分の身体をあたしに使われ、こんな風に化粧して女装されて何を思っているのだろう?
「結衣……」
「なに?美優」
「こ、今度さ、女子会しよう。あたし彼氏のこととか知りたいし」
あはは、とあたしは笑った。そうきたか。
「それさ、今日本物の美優も同じようなこと言ってたわ。もうだいぶ本物の美優に近づいてきたんじゃない?」
「ほ、ほんと?うれしい……あれ、うれしいはずなのに、なんであたし泣いてんだろ?おかしいな」
康介は泣きじゃくっていた。元の美優は気が強くて、こういう風にメソメソしたりしない。あたしはいつも励まされる側だった。それが今は、中身が男だったとは考えられないぐらい、女の子だ。
「美優」の姿をしたそれは、泣きじゃくりながら言った。
「あたし……俺、なんかどんどん気持ちが女の子になってるみたいで……結衣、俺どうしたらいいのかな?でも結衣のことはまだ変わらず好きなんだよ、なあ結衣」
「『美優』、口調。男みたいだよ。本当にもう来るのやめるよ」
脅しではなく本気だった。男口調で話す「美優」には用はなかった。
「……ごめんなさい、ごめんなさい。あたしは美優です、ずっと唯香の友達でいたいの、友達でいいから」
泣きながらあたしの腕にすがる康介を見ながら、女装したあたしはガチガチにボッキしていた。いつも強気だった「美優」を泣かせているという倒錯した征服感があたしを支配していた。
ねえ康介、男って女の子にどうしてもムラムラしちゃうんだね。たとえそんなに好きじゃなくても。
いつしかあたしの股間の膨らみは、スカート越しでも充分わかるぐらいになっていた。康介は泣き止み、その膨らみをじっと物欲しそうに見つめる。
あたしは無言でスカートをめくり、せっかく穿いたストッキングを下ろす。今のあたしにはあまりにも窮屈になってしまったショーツを下ろして勃起したアレを露出させる。
「ほら、舐めていいよ」
美優の身体の彼氏にあたしのチ◯ポを咥えさせ、舐めさせる。康介は涙を軽く手でぬぐうと、ひざまずき、嬉しそうに赤い舌をチロチロと出しながら舐めはじめる。
「あっ……それ、気持ちいい……よくあんた、元男なのに自分のち◯ぽそんなに美味しそうに舐められるよね」
かつてあたしの彼氏だったものは上目遣いであたしを見上げて、目線を細めて媚びた笑いを向ける。だって、結衣のこと、好きだから。その目はそう言っているように見えた。
康介、それはあなたの元の感情じゃなく、美優のあなた自身に対する感情なのよ、と言いたいのをいつも堪える。
じゅぽっ、じゅぽっ、という湿った音が部屋に響く。元自分の身体だけあって、康介はあたしの身体のどこが気持ちいいか全部知り尽くした動きをしている。あたしはこの時ばかりは、スカートを持ち上げながら感じるしかない。
「あっ、もういきそう……」
あたしがそう言うと、康介は一瞬少し怯えたような目をして、反射的に口をあたしのチ◯ポから外してしまう。あたしはそのまま、精液をドクドクと美優の顔じゅうにぶちまけた。
「あーあ、何やってんの?いつもちゃんとごっくんしろって言ってるでしょ」
「ご、ごめんなさい……まだあたし慣れなくて」
流石に元自分の精子を口に入れるのに抵抗があるのだろうか。でも、顔にぶちまけられるのもそれはそれで屈辱だとあたしは思うけど。
あたしは近くにあったティッシュで軽く先端を拭き取ると、メイクを落とし、再び着ていたスーツに着替えはじめた。
「結衣、今日は挿れてくれないの?」
「あー、今日は疲れたから」
「……うん」
あんたも元男だったらわかるでしょ。男は射精したら好きでもない女のことなんてどうでも良くなっちゃうって。
きっと康介は欲求不満で、あたしのことを思いながら美優の身体を使ってオナニーでもするのだろう。そしてどんどん美優に染まっていく。
「ま、また来てね、絶対……今度はあたし、もっとうまくやるから。もっと美優らしく……あたしらしく振舞うから」
「わかってる、愛してるよ」
と言って額にキスすると、康介はぱあっと美優の顔を明るくする。
こうしておけば、まあ大丈夫だ。もちろん、愛してるなんて真っ赤な嘘だけど。康介自身もきっと、気づいていて騙されたフリをしてる。
「また、あたしのところに戻って来て欲しいの!あたしずっと待ってるから!結衣、愛してるの!」
気が向いたらね、とあたしは答える。
あたしはあたしの家に帰ることにした。
*
家に帰ると「あたし」が先に帰っている。今日もまた元のあたしなら着なかったような、エッチな下着だけを着ている。
「結衣ちゃんおかえり。さみしかったよお、なんつって」
あたしの顔をニヤニヤと歪めながら、そいつは言う。
「結衣ちゃん、この下着さぁ、似合うだろ?こういうのもそそるだろ?結衣ちゃん、なに着ても似合うよな、エッチな身体になれて俺も嬉しいよ、結衣ちゃんになれてから毎日楽しいよ、うひひ」
あたしの身体には、職場であたしが最も嫌悪していた上司のシモザワが入っていた。
下品なことばかり言うので職場でも嫌われていた男で、あの年で結婚もしていなかった。
シモザワがあたしの身体に入っている──その事を知った時は、発狂しそうなほどショックだった。でも、実際会ってみたら、愛おしいと言う気持ちが溢れてしまった。彼氏の康介が、あたしのことを愛していた結果だ。身体に引っ張られて、中身がシモザワだと頭では分かっているのに、あの日、最初にあたしの顔を見たとき、反射的に思わず抱きしめてしまったほどだ。
「今日もおれ、結衣ちゃんの性感帯開発してたよ」
ニヤニヤとあたしの姿をしたシモザワが言う。愛おしいのがくやしい。中身は元々あんなに嫌悪していたあのオッサンだって分かっているのに、この康介の身体があたしのことを好きすぎて、興奮してしまう。
シモザワもシモザワで、あたしの体になってからと言うもの、康介の身体になったあたしを見るとどうしようもなく胸がキュンキュンしてくるらしい。
「結衣ちゃんには会社でエッチなこと言ってからかってれば十分だったんだけどさ、なんでだろう、今は結衣ちゃんのことひとりじめしたいっていう気持ちが湧いてきちゃうんだよ、あふっ、やわらけー、気持ちいい」
シモザワはあたしの胸を揉みながら言う。
「今日も結衣ちゃんのち◯ぽ挿れられるのを想像しながら何度もイっちゃったよ、ふふふ」
外見上は元のカップルのように見えるあたしたちだが、彼氏の康介の方に入っているのはあたしで、あたしの体にはあたしがあれほど毛嫌いしていた50代のオッサンがはいっているのだ。それでも、感情面では悔しいけど好きと言う気持ちをおさえきれなかった。
笑いながらシモザワはあたしの身体でポーズをとって放屁した。あたりに音が響く。
「あっ、くせっ!うひひ」
あたしの姿でそんなことをしないでほしい、と理性はあたしに訴えかける。その一方で感情は「飾らない君も可愛くて素敵」と押さえつける。恋は盲目とはよく言ったものだ。
「オナラもくせぇし、結衣ちゃんでもウ●コはするんだよなあ。はじめて結衣ちゃんの身体でウ●コした時のこと今でも思い出すよ、1時間は結衣ちゃんのウ●コの臭い嗅いでたもん俺、けつ拭くのも忘れてさ!ギャハハ!」
何回めかのシモザワの同じネタ。よほど嬉しかったのだろう。それを聞き流しながらあたしは、「あたし」のエロい下着に包まれた身体を見て興奮していた。
「なんだぁ、もしかしてもうしたいのか?いやぁ、モテる女はつらいねぇ、うっふん」
シモザワはクネクネしながら言う。姿かたちは完璧な女の子なのに、まるで女のフリをした男みたいだ。
「まあ、俺ももうおまんこ濡れ濡れだからさ、シャワーもいいよな、早くやろうぜ」
アイツはあたしの顔で下卑た笑いを浮かべた。当たり前だが元のシモザワと同じような笑い方で、あたしはその笑い方が心底生理的に嫌いだったのだが、今ではそれすら愛おしく感じてしまう。あばたもえくぼ、とはよく言ったものだ。
*
ベッドに直行する。康介とあたしが、何回もいっしょに寝たベッド。そこで康介になったあたしと、あたしになったシモザワは、この一年で数え切れないほどセックスしていた。
無言であたしは元自分の身体を押さえつけながら突き上げた。身体の相性も抜群にいい。美優と違って。それは本当に腹立たしい。
「あんっ!今日溜まってるんか?激しいわ、嫌いじゃないけどな、ひぃ、ひぃっ」
あたしの身体を火照らせながら、目を潤ませ快感に溺れながら、俺をもっとめちゃめちゃにしてくれぇ、もっと突いてくれえ、などとよがっている。
あたしは目の前の女にさらに快感を与え続ける。この女の子のことが愛おしくて仕方ない。守りたい。そんな感情が身体の奥底から湧き出てきて、あたしは心底、あたしのことを好きだった康介のことを恨む。
「あっ、あっ、あっ、やだ、結衣イっちゃう、イっちゃうのおお !!」
シモザワは、絶頂の時だけ女言葉になる。
あたしの身体がそうするとより興奮するのを知ってるからだ。
あんたは結衣じゃないでしょ。あたしが結衣なのに。頭ではそう思うが、康介の身体は反応してしまう。あたしの膣内であたしはペニスをもっと固くさせた。あたしの膣がきゅうっ、と締まって、ぴくぴくと身体全体が震える。
「ひぃ、ひぃ、イったぁ〜!」
プシャアァとあたしの身体はお漏らしする。これも毎回のことだ。元のあたしだったらこんな事絶対しないのに、いつも「結衣ちゃんの身体、イったあとコントロール効かなくなっちゃうんだよ」とか言われる。そんなこと絶対ないのに。
はあ、はあ、と荒い息をつきながら、あたしの姿をした中年男が全裸で仰向けになる。
ふわっ、とあたしの汗のにおいがする。
ああ、本当にこのにおいは好きだ。あたしって、こんなに良いにおいだったなんて、女の時は感じなかった。康介の身体になったあたしが、康介の鼻腔で感じるあたしのにおいが特別なのだろう、と思う。
身体の生理的な幸福感には抗えない。そのにおいを発しているあたしの中身が中年男だとしても。
あの日以来、あたしたちの生活は、社会は、ずいぶんと変わってしまった。
あたしの顔をした変態中年男。あたしの大嫌いだった上司。それが今や、女になって、目を潤ませ、ニヤニヤと楽しそうに笑いながらであたしに話しかける。
「結衣ちゃん、子供作ろうね、俺、ちゃんと産むからさ、うひひ。結衣ちゃんの身体で、結衣ちゃんの子宮で、結衣ちゃんのザーメンを中に思いっきりぶちまけられてさ、結衣ちゃんの子供を産むからさ。だからもう一戦しようよ、俺のまんこにもっと結衣ちゃんのザーメン注いでよぉ」
あたしはまた自分が勃起するのを感じながら、愛おしさと憎らしさであたしを強く抱きしめた。
(文:皆月ななな)
(イラスト:野苺さくらさん)
こちらの作品は皆月ななな支援所 投げ銭プラン限定企画「投げ銭プランの方限定でSSリクエストを募集します」により飛龍さんのリクエストを頂き作成しました。