2017/01/01
幽体の魔法陣(2017/10/22 挿絵追加)
博也と俺はいわゆる「悪友」というやつだ。タイプは全然違うのだが、妙にウマが合って、中学の時からずっとつるんでいる。
博也はちょっと変わったものが好きだ。
オカルト、とでも言うんだろうか。
占いとか、催眠術とか、超常現象とか、そういう現実にはあり得ないと思えるようなことを次々見つけてくる。
たいていは何も起こらないのだが、博也は凝りだすと止まらない性格なのか、本格的なセットとか衣装とかをそろえだすので、見ていて飽きない。
社会人になった今では、金もあるのでその趣味に拍車がかかり始めているのだ。
「それで、今回は何なんだ?」
ここは博也の部屋――マンションの一室。
何の変哲もない部屋なのだが、今日はある一点だけ違っているところがあった。
部屋の中央に――こう、何とも言えない紋様が描かれた絨毯が敷かれているのだ。
魔法陣、なのだろうか。幾何学的で、「曼荼羅」のような印象も受けるその紋様を見ながら俺は言った。
「悠斗、これが気になるだろ?」
「まあ、こんなものがいきなりあったら、目につくよな」
「これはな、幽体になれる魔法陣の描かれた絨毯らしいんだ」
「はあ?幽体?」
博也の話ではこうだ。
いつものように怪しいオカルトショップを物色していると、この紋様が描かれた魔法陣が手に入った。
店主の説明では、これは海外から仕入れたものらしい。
「だったら、俺をわざわざ呼ばなくても自分で使ってみればいいだろ」
「いや、そういうわけにもいかなくてな。俺が使っても、何も起きなかったんだよ」
「じゃあ、パチもんだったんだろ?俺忙しいから帰るぞ」
そう言って俺は立ち上がり、帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待った!いや、なんでも、『魔術を信じない人間に、魔術は本当にあるということを身をもって知らしめるために作られた』らしいんだよ」
「はあ……」
「悠斗、お前魔術を信じてないだろ!だから、お前なら効くんじゃないかと思って」
そうなのだ。俺は博也と違って、まったくこの手のオカルトを信じていない。
「じゃ、これで俺に何も起きなかったら、お前もそろそろこういうのから卒業しろよ」
「うっ……」
「こんなのに金使ってたらさ、いつまでたってもあゆみちゃんも振り向いてくれないぞ?」
このアパートは博也の会社の社宅なのだが、一つ隣に住む会社の後輩の女の子が博也のお気に入りなのだ。
俺も一度、すれ違ったことがある。愛想のいい子なのだが、博也の話ではガードが固すぎて、デートに誘っても全然振り向いてくれないということなのだ。
「……わかったよ、でも、これは本物だから!お前もびっくりするはずだから」
「で、どうすればいいんだ?この上に乗ればいいのか?」
俺は博也の話を遮るようにして、俺は絨毯の上に乗る。
「あ、ああそうだよ。じゃあ、そのままちょっと待っててくれるか?」
言われて俺は、しばらく待つ。
「……あっ」
博也がハッとしたような声をあげる。
「どうした?博也……」
声を出して、俺は違和感を感じる。
なんか、自分の声が……小さいというか、「薄い」というような感じを受けたのだ。
ふと自分の身体を見ると、その違和感の正体が直感的に分かった。
薄い。薄いのだ。
自分の身体が、半透明になっている。
しかも、どんどんと薄くなって、もはや自分の身体を通り越して地面が透けて見えるまでになっていた。
「な、なんだよ!コレ」
「お、落ち着け悠斗!これが……これが幽体になるってことなんだって」
「そんな、」
本当にそんなことがあるなんて。そう口にしたはずだったのだが、自分で自分の発した声がほとんど聞こえなくなっていた。
(おい、聞こえてるのか)
「悠斗?おい、悠斗、どこかにいるんだろ?」
(博也!俺はここだって!魔法陣の上にいるだろ)
「おーい、悠斗!どこ行った?」
(聞こえないのかよ!)
自分では大声で叫んでいるつもりだ。
しかしどうやら博也には、俺の声が聞こえていないみたいだった。
混乱した博也は、アパートから俺を探しに出て行ってしまった。
(困ったな、これじゃ、どうやって戻るのかわからないぞ)
俺は独り言を言うが、その声すら自分に聞こえない。
まさか、本当に幽体になってしまうなんて。
(待てよ。もしかして……)
俺はあることを思いついて、壁の方に近づいていく。
壁にどんどん、近づいて……壁に当たる感覚のしないまま、壁があるはずの空間に自分がめり込んでいく。
やっぱりだ。壁なんか幽体には関係ないんだな。
ずぶずぶとめり込んだと思ったら、その先にあるのは……
---
(ここが、あゆみちゃんの部屋か)
そう、俺はあゆみちゃんの部屋に来ていた。
博也がひそかに想いを寄せるあゆみちゃん。
(ん?でも、あゆみちゃん今はいないのか?)
そう思って帰ろうとすると、遠くの方から水の流れるような音が聞こえる。
そちらの方角に目を向けると……。
あっちは、もしかして浴室だろうか。
ふわふわとした足取りで俺がそちらの方に移動してみると、果たして浴室に、シャワーを浴びている人影があった。
まさかこのタイミングでシャワーを浴びてるなんて!
もっと見たい。そう思った俺は、さっきの要領でずぶずぶとすりガラスの戸を越えていった。
博也が好意を寄せるのも無理はない。
きゅっとくびれたウエスト。つるつると玉のような肌。つんと突き出た柔らかそうなお尻。
そして、なんといってもお椀のような形のいいおっぱいに、お湯を浴びて桜色に上気した乳首――
理想の肉体がそこにあった。
(おおおっ)
思わず声をあげてしまい、俺は慌てて口をおさえる。
あ、そうか、今は幽体だから聞こえてないんだった……
まじまじと、近くに寄って後ろからあゆみちゃんの身体を眺める。
(本当に、いいカラダしてるなあ)
触れたいと思うが、幽体の今はそれは叶わない。
ご機嫌がいいのか、鼻歌交じりで身体に付けた泡を洗い流している。
泡が落ちると、水滴が玉のように弾かれていく肌。本当に綺麗な肌だ。
俺が夢中になって眺めていると、あゆみちゃんがふいに振り返る。
(うわわっ、危ない!!)
ぶつかる!!
---
俺は思わず目を閉じる。
その瞬間、俺は浴槽で尻もちをついてしまった。
尾てい骨のあたりに、激痛が走る。
「いたたたたた……えっ?」
思わず、声をあげて俺はハッとする。
ほんの1秒足らずの間に色々な思いがよぎる。
そもそも、俺は幽体のはずだから、あゆみちゃんとぶつかるなんてことはないはずだ。
何で俺が尻もちをついてるんだ?なぜ痛みを感じた?
それに、あゆみちゃんはどこへ?
そして何より、今俺があげた声、なんか高くなかったか?
とにかく、一度立ち上がらなければ……
そう思って手をつこうと下を向いた俺の目に飛び込んできたのは――
白くて、まだ湯気のでている身体。
その胸は、まるで自分の胸じゃないみたいに膨らんでいて。
形のいいその胸の先には、つんと桜色の、男とは思えないぷっくり膨らんだ乳首がついていた。
「えっ?ええええええっ!?」
びっくりして声をあげ、その自分の声にもう一度びっくりして絶叫する。
高いというか、これじゃまるで、女の声……?
そうだ!あゆみちゃんは?この状況をどう言い訳すれば……
焦って後ろを振り返ると、そこには案の定驚愕した顔の、裸のあゆみちゃんが。
綺麗な長い黒髪が、シャワーを浴びて濡れている感じもセクシーだ。
って、そうじゃなくて!
「ご、ごめん!これはその……」
思わず手をあわせて謝ると、あゆみちゃんも手を合わせて謝っている。
何もあゆみちゃんが謝ることはないのに。……あれ?
落ち着いてみると、裸のあゆみちゃんは俺と全く同じ行動を取っていた。
俺が右手を挙げれば同じように、おずおずと右手を挙げる。
そのまま右手をふると、あゆみちゃんもふるふると手を振っている。
俺がぎこちない笑顔を向けると、あゆみちゃんもぎこちない笑顔。
「これ、鏡……?」
俺は手をついて確認する。やっぱりこれは、鏡だ。
「ってことは……」
その後は声にならない。俺、女に……あゆみちゃんになってる!?
もう一度自分の身体を見る。
先程と同じように存在感を主張している俺の胸。
水滴をまとった俺の胸は、俺の動きに合わせてふるふると柔らかく、小さく震えていた。
ごくり、と喉をならす俺。自分の胸が、いや、あゆみちゃんの胸がドキドキしているのが伝わってくる。
そっと小さな手で触れてみる。さわられた感触。
右の人差し指だけで、谷間のあたりをつん、と触ってみる。
柔らかな肌を押された感覚と、マシュマロのような弾力が同時に伝わってくる。
少しずらして、自分の右の乳首に軽く触れる。
「んっ……」
微かな電流が流れたような感覚に、思わず身体全体がぴくん、と反応する。
「これが……女の子のカラダ?」
左手の指も、左の乳首に添え、軽く触れる。
「はううっ……」
くすぐったいような、ちりちりとした感覚。
堪らなくなって、しばらく右の人差し指で右の乳首を、左の人差し指で左の乳首を、ころころと転がす。
「はああん」
ため息混じりに自分の口から、女みたいな喘ぎ声が聞こえてくる。
その自分の声に興奮して、自分の乳首が更に硬くなっていくのを感じていた。
もっと刺激がほしい。俺は自分の乳首を人差し指と親指の腹を使って少し強めにつまむ。
「あうううっ」
さっきよりも強く、電流が流れる。
頭の中を快感物質が支配する。
俺、あゆみちゃんの指で、あゆみちゃんの乳首を弄ってる。
あゆみちゃんの快感を、感じちゃってる。
あゆみちゃんの声で、喘いじゃってる。
やばい。これ、おかしくなる。
「そうだ……」
ぼんやりしてきた頭で俺は考える。
胸だけじゃない。今俺は、全身が女。全身が、あゆみちゃんなんだ。
当然、下のほうも……
膝をついた姿勢でいた俺は、一旦乳首を弄るのをやめて、あぐらをかく。
眩しいばかりの女の太ももが自分の視界に入り、一瞬目のやり場に困る。が、
「いやいや、今これ、俺のカラダだから……」
そうだ。自分の身体に恥ずかしくなってどうする、俺。
それでも、今は自分の身体とはいえ、なんとなくあゆみちゃんの秘密を見てしまうのは申し訳ないような気がする。
「と、とにかく触るぞ……」
普段の自分と違って、顔が紅潮しているのが自分でもわかる。
右手を股間に伸ばす。
「ほ、本当に今何もないんだ……」
いつもだったらそこにあるはずの、触り慣れたアレは影も形もなく、俺の手は虚しく空を切る。
ならば、もっと先に。
俺の股間は、すでにヌルヌルとした液体で満ちていて、それが今自分が女なんだということを際立たせていた。
やっぱり、ない……
手のひら全体で、股間の上を撫でるように触る。
股間から出た女の液体を、潤滑油のように引き伸ばすようにしながら、手のひら全体でマッサージするように撫で回していく。
「あっ…あん……これ、気持ちいい」
俺の声であって俺の声でない、あゆみちゃんの声でわざと喋らせることで、興奮がどんどん増していく。
「やば、これ、いい、すごい、とまらないよう」
クチョクチョクチョとリズムよく浴室に響き渡る音と、自分の喘ぎ声が淫靡さを更に際立たせ、俺の興奮物質をエンドレスに増していく。
これまでに感じたことのない快感。
してはいけないことをしている、しかも他人の身体で。
そんな背徳感を感じながら、自然と左手は乳首を摘む。
「ひいっ」
さっき乳首に感じた快感と、股間の相乗効果。
変なゾクゾクした感じが、たまらなく気持ちいい。
「あっ、ああっ、あっ、あっ、」
そのまま、自分についているはずもない大きく膨れ上がった乳首をコリコリと摘みながら、無限に股間から湧き出てくる液体を、手のひらで股間全体に塗るように撫で回す。
もう、声にならない。気持ちいい。
もう、ヤバい。イきそう……
ふと顔をあげた。
そこには鏡があった。
顔をピンク色に紅潮させて、だらしなく口を開けて、感じている女の顔がそこにあった。
手は乳首と、そして股間に。
オナニーしている女を見ながら、その女は自分で、俺がその女にこの表情をさせていて、
いや、こんなエロい表情をしているのは、俺自身。
「ああああああん!」
これまでに感じたことのない倒錯感と、快感の波に飲み込まれ、全身がビクビクと痙攣する。
俺は女として、あゆみちゃんとしてイッってしまった。
---
「はあ……」
俺はあゆみちゃんの部屋で、ため息をついていた。
俺は一旦はあの魔法陣で幽体になったが、おそらくあゆみちゃんと重なった瞬間、俺はあゆみちゃんの身体に憑依してしまったのだろう。
ふと下を見れば、自己主張を続けている俺の2つの柔らかい膨らみ。おっぱい。
浴室から出たところに脱ぎ捨てられていた下着の上に、ワンピースを着ている。
いまのスタイルのいい俺の身体には、このワンピースはとてもよく似合う。
付け方がわからなかったので、ブラジャーはしていない。
うーん、とりあえず、博也ともう一度会わないとな?
そろそろ、流石に隣の部屋に帰ってきていることだろう。
「そうと決まれば……」
俺は置いてあったストッキングを苦労して履いて、姿見で自分の見た目におかしなところがないか、確認した。
「よし、どこから見ても……あゆみちゃんだな!うふ♪」
俺はくるりと一回転して、可愛い声でそう言うと、ニヤリと笑った。
鏡の中のあゆみちゃんが、邪悪な笑みで綺麗に整った顔を歪める。
そして俺は、再び博也の部屋のインターホンを鳴らしたのだった。
ただし、博也の部屋の隣に住む職場の後輩の、あゆみとして。
(イラスト:孝至さん)